日本の伝統における「物(もの)」の認識は、有形・無形を問わずあらゆる存在を含んでいる。人と物との関係は相即不離であり、人は物に感応し、物に触れて思索する。山川や巌壑、動植物に至るまで、すべてのものには霊が宿り、人はそれらの「物」とともに、内在的な生成力を備えた宇宙とその循環のなかで共に生きている。
歴史の推移に従い、この「物」の思想は儒教・仏教思想、さらには近代科学と遭遇し、互いに異質な物論や宇宙観のあいだで衝突と融合を繰り返してきた。
本講演では、「物」「物理」「自然」という概念の変遷を通じてこの過程を考察し、日本語における漢語語彙の解釈・転義の背後にある二つの文化的特質を明らかにする。すなわち、第一に音声が文字に先行するという傾向、第二に訓読が概念解釈において果たす決定的な役割である。
これらの特質は、日本語という言語構造がいかにして思想の生成に働き、さらには東アジア漢字文化圏における近代化の過程に影響を及ぼしたかを理解する手がかりとなる。また本考察は、言語と文化とのあいだに潜む非等質的な概念のずれに注意を促すものである。