本講座は、台湾事件(1871~1874年、日本では台湾出兵、台湾では牡丹社事件と呼ばれる)に焦点を当て、近代日本における権力拡張と地方勢力の交錯という視点から、西郷従道の役割を考察し、「薩摩藩」と中央政権との政治的関係を分析する。
鹿児島県の士族は藩閥意識や明治政府への不満、琉球支配の歴史的思いから、八瑤湾事件後に台湾出兵を主張した。1873年6月、日本が清国官員から「台湾蕃地無主」の口頭確認を得ると、西郷隆盛周辺の不平士族は出兵を打開策と見なすようになった。
当初支援的立場だった西郷従道は、明治六年政変後に主導し不平士族を出兵軍に編成し、「台湾蕃地領有」構想を推進した。彼は鹿児島士族の要求に応えつつ、中央の命令にも従い、両者の間で柔軟に動いた。
この事件を契機に「薩摩藩」と台湾の接点が生まれ、後に鹿児島出身者が台湾植民地統治に関与するなど、その連続性と関連性が浮き彫りとなった。