學術講論會35:歐洲日本學的建立與「日本文化像的變遷」
Willy.F.Vande Walle演講活動 活動花絮
日期:2017.10.13 | 主辦單位:臺灣大學日本研究中心
        

     
歐洲日本學的建立與「日本文化像的變遷」
日期:2017.10.13 | 主辦單位:臺灣大學日本研究中心

  對於日本文化的理解,隨歷史演變歷經了許多階段,理所當然至今也在持續變化之中。有關對日本文化理解的記述性分析,從可能性來看至少能分為三個層次:對日本一般的通俗理解、關於日本的學術研究、以及筆者對日本文化社會所提出的個人見解。這三個層次彼此間在某種程度上相互鏈結,如繩結般緊緊相扣。或許無法清楚地分割這個鏈結,但本次演講最重要的論點旨在提出,無論哪一個層次,其解釋圖式的觀點,在表面上總在兩個極端之間搖擺這個事實。

  也就是說,在談論日本文化時,一方面會將日本歸入亞洲文化,更狹義的,歸入所謂中華文化的範疇。另一方面,則是把日本與亞洲其他諸國切割開來,將日本作為特殊的單獨事例來看待這樣的兩極。

  當然,即使連日本人的自我表述也同樣是在這兩極之間搖擺。不僅如此,這樣的自我表述是在單純的記述與揭示規範的論說之間搖擺,亦是不爭的事實。

  有些論者僅將自己確實理解的部分記述下來,但另一方面卻是將日本文化應該展現的樣貌作為理想形象來論述。後者有名的例子之一就是由福澤諭吉所詳述的脫亞入歐論。另外,三島由紀夫提出的日本文化墮落的觀點,也與川端康成在幾部小說裡所提出的日本文化哀歌的看法,同樣都是將理想形象作為前提的一種分析方式。

 日本文化の理解は、歴史的に多くの段階を経て来たし、言うまでもなく現在も変化し続けている。日本文化の理解に関する記述的分析には,可能性として少なくとも三つのレベルが区別できる。すなわち、日本についての通俗的な理解のレベル、日本についての学術的な研究のレベル、更に日本文化・社会についての筆者自身の個人的な解釈のレベルの三つである。これら三つのレベルはある程度互いに縺れ合った縄のようなもので、それらを解き解すことが完全にできないかも知れないが、この講演の狙いにとって最も重要なのは、どのレベルにおいても、見たところ、解釈の図式の観点が、二つの極の間を揺れ動いているという事実である。

 つまり、それは一方では、日本をアジア文化、より狭く言えば、中華文化の枠内に組み込むか、他方では、日本を他のアジア諸国から切り離して、日本を特殊な、独特な事例として扱うかの両極である。

 勿論、日本人による自己記述も同様に、この二つの極の間を揺れ動いていることも言うまでもない。それだけではなく、この自己記述というものは単なる記述と規範を示す論説の間を揺れ動いていることも事実である。

 一方では、論者が自分が理解したと信じるところを単に有りの侭記述するだけであるが、他方では、日本文化のあるべき姿をどうにか理想像として論述するのである。後者のアプローチの有名な例の一つに、福沢諭吉によって詳しく論じられた脱亜入欧論がある。また、三島由紀夫による、日本文化の堕落という見方も、川端康成のいくつかの小説に見られる、日本文化への挽歌のような見方と同様、理想像を前提とした分析の一つである。