東アジアが直面する喫緊の課題はサンフランシスコ体制後の新たな地域的安全保障体制の確立である。米国の圧倒的国力を背景とした非対称的な二国間安全保障制度を柱とするサンフランシスコ体制が米国の相対的な衰退、中国の台頭、日韓の発展によって有効性を失いつつある今日、東アジアの知識人・指導者は米国との継続的な連携を前提として新たな地域的安全保障体制を生み出すための協働を進めなければならない。一方、東アジア各国の社会は歴史問題と領土問題によって深く分断されている。この対立を乗り越え、共有の未来像を描くには新たな「物語」が必要である。「物語」とは当該制度に正統性の感覚を付与する「共有の語り」のことである。東アジアでは長年の歴史を通じて「天」「理」「義」「仁」といった固有の倫理観念と思想が形成され、今日でも日常的な社会的・政治的理念として同地域の人びとの精神的バックボーンとなっている。
一方、日本は明治以降の「脱亜入欧」政策、そして戦後の対米従属政策によって、東アジア固有の普遍的価値を切り捨ててしまったかのように見える。
本講義では東アジア共有の新たな「物語」を構築することを目指し、平石直昭、水林彪、丸山真男、源了圓、汪暉等の論考を参照しつつ「天理、国法、人情」という地域共有の政治理念について若干の整理と検討を行う。