【宗教領域】 |
---|
主講人:阿部泰郎(名古屋大學文學研究科人類文化遺產文獻學研究中心教授)
日本接納佛教的過程中,其傳統是從八宗教學的立場討論經論要義,並經過王的許可舉行公請法會。以此為舞台,古代末期發展出了法相與天台的宗論,中世則因為專修念佛的傳唱及禪的傳入,使得諸宗論之間展開熱烈的議論,隨後再加上淨土宗及禪宗,完成了十宗體制。由諸宗論運動所開創的佛教史乃至文化的面相值得關注。議論本身是種禮儀,也是孕育藝能契機的語言活動,本課程從“宗論”探討創造多元文學與藝術的主題及中日相互影響的關係。 |
【文化領域】 |
主講人:林泉忠(中央研究院近代史副研究員)
本課程以「日本情結與去殖民地化」及「去邊陲化困境」為探討主軸,說明「哈日」、「親日」、「戀日」的三個概念,進而剖析戰後香港、台灣、沖繩三個「邊陲東亞」地區所呈現的「日本情結」的主要特徵。本課程還嘗試探討這三個社會的主流意識在對日態度上向「嚮往」日本的方向傾斜現象的歷史原因,指出台灣社會在建構主體性道路上存在的重重矛盾。「邊陲東亞」的「日本情結」現象或將無休止地引發來自社會內外的議論,亦無可回避地觸及「後殖民主義」╱「去殖民地化」與「去邊陲化」的議題,講者期待與學員進一步討論。 |
【歷史領域】 |
主講人:有馬学(福岡市博物館館長)
第一次世界大戰初期(大隈内閣期),日本對中國政策,一直以來都被理解為如「21條要求」般的強硬外交。但同一時期,財政界者也主張與其相異的對中政策論。九州的碳礦資本家安川敬一郎的「日支親善論」便是其一。而擔任安川演說執筆者的中野正剛,一直都抱有進入政界的志向。本課程試圖透過兩人的言行,探索第一次世界大戰期間,日本對中國政策論的多元性。 |
【經濟領域】 |
主講人:西原博之(明治學院大學經濟學部 國際經營學科教授)
為了追求商機,多國籍企業到新興工業國家的發展市場。該過程的情況如產品生命週期理論、雁行形態經濟發展理論等等說明。實際的結果如何?比如從美國出生到日本發展的便利商店,一九八○年代進入臺灣市場。該產業到臺灣必須應付異文化企業經營。之後,各企業到東南亞、中國等等展開企業策略。該企業要成功,必須堅持該企業能採取懂得異文化企業經營人才和給他們發揮成功的機會。 |
2017年3月4日、台湾大学文学院会議室にて「第4回大学院生ワークショップ」を開催した。本ワークショップは若手日本研究者の育成を目的としたもので、各分野で活躍する4名の講師をお招きし、日本研究を志す学生との交流の機会を提供している。開会式では日本研究センター徐興慶主任より、「センター発足時に立てた年二回ワークショップを開催する」という予定通り、今回無事第4回を行う運びとなった。今回も各分野の著名な先生方をお招きし、宗教や経済など幅広い内容の授業をしていただくが、これは「人文と社会科学の対話」という本センターの発展目標とも合致している。今日のワークショップが皆さんにとって実りのあるものになれば。」との挨拶があった。
【宗教領域】 |
---|
主講人:阿部泰郎(名古屋大學文學研究科人類文化遺產文獻學研究中心教授)
日本における仏教受容の基盤には、経論の要義を諸宗教学(八宗)の立場から討義する論議を、王の主催の許で行う公請法会の伝統があった。これを舞台に、古代末期には法相と天台の宗論があり、中世には専修念仏の創唱と禅の伝来により諸教宗との対論が活発に展開し、やがて浄土宗と禅宗を加えた十宗体制が成立するに至る。この諸宗論の運動が仏教史ひいては文化を創りだしていった側面に注目する。論議自体が儀礼であり芸能の契機をはらむ言語活動の場であったが、“宗論”は更に豊かな文学と芸術の創造主題であった。その様相を、宗教絵巻『七天狗絵』や歌論『野守鏡』などから探ってみたい。 |
【文化領域】 |
主講人:林泉忠(中央研究院近代史副研究員)
本課程は「日本コンプレックスと脱植民地化」および「脱辺境化の苦境」を探究の柱とし、「哈日(日本好き)」や「親日」、「恋日」の3つの概念を説明し、戦後の香港、台湾、沖縄という「辺境東アジア」三地区が呈する「日本コンプレックス」の主な特徴について分析する。
|
【歷史領域】 |
主講人:有馬学(福岡市博物館館長)
第一次大戦初期(大隈内閣期)の日本の対中国政策は、21か条要求に象徴される強硬外交として理解されてきた。しかし同時期に、それとは異なる対中国政策論が、財界人によって主張されていた。九州における炭鉱資本家の安川敬一郎による「日支親善論」がそれである。その安川のスピーチライターを務めていたのが、政界進出の意欲をもっていた中野正剛である。彼等の言動をとおして、第一次大戦期の日本における対中政策論の多様性をさぐる。 |
【經濟領域】 |
主講人:西原博之(明治學院大學經濟學部 國際經營學科教授)
先進国企業はビジネスチャンスを求めて新興国へ進出した。その過程はプロダクトライフサイクル論や雁行形態発展論などで説明されてきたが、結果通りであっただろうか。米国で生まれ日本で発展したコンビニは1980年代に台湾に進出した。しかし、経営現場では異文化経営への対応が不可欠であった。後に東南アジア、中国にも進出し、企業はそれぞれの経営戦略を展開しているが、異文化経営に理解のある人材の登用と活躍が重要といえる。 |