筆談は筆話、筆語とも言い、東アジア漢字文化圏の異なる地域と言語間の主要な交流方式の一つである。話し言葉が通じなくても、漢字・漢文・漢詩を使えばコミュ二ケーションが十分成り立つ。筆談は東アジア文化交流史において独特な役割を果たしており、漢字文化圏における文化交流のユニークな風景と言える。
周知のように、筆談資料は中国でさほど発見されておらず、むしろ日本において数多く保存されている。筆者は『清朝首届駐日公使館員筆談資料彙編』(上下、天津人民出版社、2010年)において、何如璋、張斯桂、黄遵憲、沈文熒ら清朝初代駐日公使館員の日本駐在期間(1877-1882)に、大河内輝声、宮島誠一郎、石川鴻斎、岡千仞、増田貢ら明治期日本人および朝鮮修信使金宏集との筆談資料を六種類収録した。そこから東京を舞台に展開される東アジア文化交流の様相を読み取ることができる。清朝初代駐日公使館の在日筆談資料の中で、一番量的に多いのは、大河內輝声文書と宮島誠一郎文書における筆談記録である。二人とも足繁く公使館を訪ね、膨大な筆談記録を大事に保存し整理している。
本講演では新たに調査した筆談資料を用いながら、琉球帰属交渉、朝鮮開国、『日本雑事詩』の改訂と『日本国志』の資料収集、漢詩の唱和と切磋琢磨などの視点から、東京を舞台にして展開された東アジア文化交流の実態に迫ってみたい。