學術講論會(4)
活動花絮
日期:2014.05.05 | 主辦單位:臺灣大學文學院日本研究中心
     
戰爭的記憶與記憶的戰爭
日期:2014.05.05 | 主辦單位:臺灣大學文學院日本研究中心
  從文學的觀點考察戰爭,不僅是驗證個人經驗及記憶遭到歷史化、公共化的過程,更該思考是否能夠抵抗個人經驗被回收到公共記憶的記述裡。太平洋戰爭中詩與媒體放送的緊密相依,便是透過文學創作將個人經驗歷史化、公共化後貢獻給權力裝置的實例,且〈書寫〉與〈口述〉相剋的日本近代詩史在此時劃上休止符,可說是從近代詩成立的階段中所蘊含的結果,同時詩與文字已不全然只能擔任回收個人經驗到集團性或公共性的裝置,還潛在了個人抵抗公共的可能性。本次演講旨在說明太平洋戰爭中戰爭詩的流通與受容系統,並對照中日戰爭的詩歌探討兩者的表現。
 戦争を文学の視角から考察することは、個人の経験と記憶がどのように歴史化され公共化されるかという過程を検証し、個人の経験が公共の記憶の記述に回収されていくことに抗う可能性はどこにあるのかと問いかけることを避けては通れない。文学の創作は時として個人の経験を歴史化し公共記憶化する権力装置の中に貢献してしまう。それを如実に示した一例が日本文学の場合、アジア太平洋戦争における詩と放送メディアとの癒着であったと言えよう。このことは日本の近代詩が歩んできた〈書記〉(エクリチュール)と〈音声〉(オーラリティ)の相剋の歴史に一つのピリオドを打つ意味を持っており、それは日本の詩がその成立の時点から内包していた帰結点であったとも言える。と同時に、詩と文学は単に個人経験を集団性や公共性の中に回収する装置としてのみ機能したわけではなかった。そこには〈私〉が〈公〉に抵抗する可能性も潜在していたはずだからである。今回の講演ではアジア太平洋戦争における戦争詩の流通と受容のシステムについて説明しながら、それに先立つ中日戦争の詩歌の表現をも対照させながら、以上のことについて概説を行う予定である。